テレビに、再会をテーマにした番組がある。メインゲストに幼い頃のクラスメイトやガールフレンドの話をしてもらった後、急に対面させて、再会の涙、驚きや歓喜の表情を見せるシーンがある。
これを見るといつも、”何10年も経っているのに、良くも直ぐ顔が分るものだ”と思う。

この7月、半世紀近くを経て、初めて中学校(山形県余目町)のクラス会に参加した。今年のクラス会は、北海道パックツアーを兼ねていた。前日午後、男性8名、女性5名が、東京・蒲田のホテルでの再会となった。

予想していたことではある。全員名前は分っていたが、顔は直ぐには思い出せない。

私には、目の前にいる“孫の話に目を細める人達”が、知らない好々爺・好々婆の集団に見えた。示し合わせて教室を抜け出し、魚採りをしたわんぱく仲間と同じとは、とても思えない。

ところがである。メンバーは会うなり、「佐藤君は全く変らない」だの、「昔の面影にそっくりだ」など言う。未だ幼い顔の中学生と、何十年も人生を重ねた熟年の顔を比べて、どうしてそんなことが言えるのか分らない。

夕食時に私は言った。「皆さんの顔は、全く思い出せない。ツアーの終わり頃には、全員思い出すからよろしく」。更に、皆に自己紹介をお願いした。

「まあ、久し振りだから仕方ない」とのことだった。

私には、初対面に近い人達との居心地の悪さを感じながら、羽田空港発・千歳国際空港着で、クラス会兼北海道パックツアーご一行の旅が始まった。他に、8名程相客がいた。

旅が始ってみると、他の連中はいやに馴れ馴れしい。お互い苗字で無く、名前で呼び合っている。その内に、幹事の山崎女史(仮名)が、今までのクラス会の写真集を見せてくれた。聞けば、このクラス会は、1976年(昭和51年)に、東京地区在住の人達の働きかけで始ったのだと言う。そこには、未だ若かりし30代から、年々、年を重ねていく同級生の顔が写っていた。お互いの打解け合った姿が、やっと理解できた。

旅を続ける内、3〜4人は「そう言えばこんな顔が居たなあ」と思い出してきた。しかし、他は中学校時代の思い出だの、先生だの、あだ名だのと、色々話してくれるけれども、やはり思い出せない。仕方がない、皆に調子を合わせて行くことにした。特に女性陣は、全くダメである。中学時代の私は、女性にはあまり興味が無かったのか。

それでも旅は、広大な北海道を、高速道路を使いながらバスで走り回り、結構、見応えの有るものだった。特に女性陣は、小樽の石原裕次郎記念館が気に入ったらしい。年甲斐も無く“若かりし日の裕次郎のパネル”と一緒に写真を撮ったりして、嬌声を上げていた。お陰で、20分位の見学のつもりが2時間に延びてしまい、食事以外の小樽のスケジュールは、殆どキャンセル状態となった。

最後は、台風6号の影響で、飛行機が飛ばないのではないかと、ひやひやするオマケまでついて、無事、旅は終了した。

幹事の押海さん(仮名)、山崎さん、楽しい旅を企画してくれて有難う。せっかく懐かしい12名の同級生に会えたのに、3〜4人しか思い出せなくてご免。



女性陣が特に気に入った”小樽の石原裕次郎記念館”の案内パンフレット




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