広報レポーター

会社時代は、輪番制の自治会役員を引き受けた1年間(1971年)を除けば、日頃の忙しさに追われて、居住地域の情報には全く無関心であった。 会社を卒業し、改めて地域の情報誌に目を向けてみると、市の行事や市民の活動なども郷土色豊かであり、結構興味深いものがある。

「そよ風の便り」に “地域の写真” などを掲載するようになってからは、特に、市の広報誌 「広報かたの」 に目を通すようになった。
3月初め、何気なく “広報かたの−3月号” を見ていると、次の記事が目に留まった。

“ 広報レポーター募集 / 広報誌づくりに参加しませんか ”

見ている内に、ホームページ用のイベント情報も多く知ることができるかな等と軽く考え、広報レポーターへの応募を思い立った。 しかし、応募要領には、“ 「履歴書」 と 「短文(してみたい事、興味がある事)」 を、3月末迄に市に提出すること” などと結構厳しい条件が付いている。

“過去の写真履歴” も “高尚な動機” も持ち合わせていない私としては、ダメ元で、懸賞応募方式(ハガキ)の応募をしてみようと考えた。

郵便ハガキ 1 枚に、次の様に記入した。

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「平成17年度 広報レポーターへの応募」

住所・氏名・年令・電話/fax番号

(履歴書)

2001年:会社を定年退職

2002年:ホームページを立上げ

URLとE-MAILを付記)

(してみたい事、興味がある事)

市の催しや話題を取材してみたい

(参考添付事例)

「そよ風の便り」 の掲載写真 1 枚

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3月29日、広聴広報課 桜木さん(仮名)から電話があり、「第1回レポーター会議に出席して下さい」とのことだった。
めでたく、レポーターになれたらしい。市の担当者が、珍しい “ハガキの「履歴書」と「短文」” に興味を持ったのか。

4月4日、第1回レポーター会議。5名の広報レポーター(女性1名)が出席。3名(女性含む)は昨年からの継続であり、2名(私含む)は補充メンバーだった。

早速、市の担当者から郷土色豊かな4月のイベントリスト (小学校入学式・マタニティ教室・水彩画展・春の山野草ウオッチングなど約40件) が配布された。 この中から、5〜6件を分担して取材し、“写真(8cm×6cm位)と文章(24文字×10行位)”にまとめて、市(広聴広報課)に渡せば完了である。

広報誌では、“ALBUM”のタイトルで、2ページを使って掲載する。
今回、私は交野風景水彩画回顧展(4/1〜4/8)を担当することとなった。

会議の冒頭、夫々の自己紹介があった。 聞けば他の4名は、レポーターとしての実績も、カメラの腕も自信が有りそうだった。
ひょんなことから、広報レポーターになってしまった私の場合、“そよ風の便り”に掲載する程度の実力であり、今後 1 年間無事勤まるか否か心配ではあるが、 “思わず飛び乗ってしまった電車の様なもの” と諦めて腹を決めた。


(広報かたの−3月号)



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