田舎ことば

5月中旬、地元・山形県庄内町を離れた人達による中学校同期会開催の案内状が届いた。

この同期会は首都圏在住者を中心に毎年開催されており、今年は6月末に福島県のスパ・リゾート・ハワイアンズ(旧常磐ハワイ)で開催するとのことだった。

  
          (ホテルハワイアンズとポリネシアンショー : パンフレットから)

今回は、私も初めて大阪から参加することにした。

地元・山形へも、代表者12名の参加を呼びかけているとのことだった。

同期会を1週間後に控えて、幹事から届いたメールを見て驚いた。

参加者が倍以上の30名となり、半数の15名が地元・山形からの参加者だという。

たまたま3週間遅い6月末開催だったため、山形では農繁期が終わり、丁度暇な時期だったためらしい。

私は、同期会当日、東京駅前発のホテル送迎バスに間に合わすため、久し振りに4時起きして、早朝の新幹線で出かけた。

地元・山形からは、午後時過ぎに30人乗りレンタバスで大挙してやってきた。


    
            (30人乗りレンタバス)

久し振りの再会に、興奮気味で話しが弾んだ。

午後5時から懇親会が始まり、宴席で話していると、何故か不思議な感じがした。

皆、酒が入り、声も大きめになって上機嫌で話しているが、話す言葉が地元・山形以外は標準語(=テレビことば)で、山形在住者は田舎ことば (旧い庄内地方のことば) で、両方入り乱れて会話している。 それで違和感無く通じているのである。

 (部外者が見れば、旧い田舎ことばは全く理解できないだろうから、話が半分しか分からないはずである。)

初めて参加した私に対して、特に山形から来た女性陣は、どこか遠慮気味であった。 思えば、半世紀近くも逢っていない訳で無理も無いことではあるが・・。

懇親会も終わり、ホテル主催のポリネシアンショーも終わって、幹事部屋での2次会になると、やっと打解けてきたのか、クラスメートだった女性が話しかけてきた。

 「オレダジのハナシ、ミナはワガラネデネガ。 サドサンダバ、モウハナシェネデネガ。」 

 (私達が田舎ことばで話す会話を、全て理解することは出来ないのではないですか。 佐藤さんは、もう田舎の言葉で話すことは出来ないのではないですか。)

私は、田舎に帰っても多分田舎ことばで話すことはないだろうと思いながら言った。

「全て分かるし、話すことも出来るよ。」

クラスメートの男性は、孫に田舎ことばで話して言われたとかで嘆いていた。

「オジイちゃんの英語は、全然わからない。」

 最近では、田舎に帰って話しかけても、若い世代は標準語(=テレビことば)で応えてくる。 多分、旧い田舎ことばを話す世代は、我々までであろうと思われる。

今や町並みも含めて全国共通化してしまい、昔の田舎は我々と同世代の人達が話す田舎ことばの中にしか残っていないのではないかと思われた。

 翌日は、全員レンタバスに同乗して、一緒に近くの水族館(アクアマリンふくしま)を見学し、昼食を共にした。

    
      (アクアマリンふくしまのいわしが泳ぐ水槽)

昼食を済ませて再度ホテルに戻った後、旧い田舎ことばに若い頃への郷愁を覚えながら、次回の再会を期して別れた。
  (H19.6.24〜25)



            トップページへ     INDEXページへ