秋の信濃路の旅

−気ままな旅2009


「お待たせしました。 “気ままな旅” 決定です。 JR松本駅から、レンタカーを使用して周辺を旅します。」 

 10月初め、幹事の高林氏からメールが入った。

今年は、病気療養中だった土田氏も3年振りに復活し、更に元試験所の柏崎氏も加わることになった。

電機各社の友人達と行く今回の旅は、久し振りに高林・河島・土田・柏崎(全て仮名)4氏と私の5名で賑やかな旅になりそうである。


第1日 快晴 松本城と美ケ原 : 初秋の北アルプスを展望する

柏崎氏を除く4名が、昼過ぎに関東・関西・中部各地から松本駅に集合した。

駅前でレンタカーを借りて、先ずは、国宝 松本城へ向う。

高林、河島両氏と私は、松本城の天守閣まで登った。
城内には,、日本各地で使用された火縄銃がコレクションとして多数展示されていた。


         
                  (国宝 松本城)


復活した土田氏だが、病気後遺症のオーバーウエイトのため天守閣まで登ることが出来ずに、「高所恐怖症だから」 などと理屈をつけて、一人 入口で待つ。

 次に、信濃路の紅葉と北アルプスの山並みを観に、夕暮れの美ケ原に向った。

 高度2,000mの美ケ原からは、360度の展望が開け 好天に恵まれて剣岳を始め北アルプスの山並みがくっきりと見えた。


         
            (美ケ原から望む北アルプスの山並み)


 途中、池田万寿夫美術館に立ち寄った後、本日の宿に向う。

 初日は、浅間温泉(伊藤園ホテル浅間の湯)に一泊した。

 3年振りに気ままな旅の仲間4人が揃って、先ずは乾杯。 現役当時の電機業界での活動の話題に花が咲く。



 食事が終わると、缶ビールとつまみを持ち込んで、ホテルのカラオケルームへ繰り込んだ。

先客の若い女性3名が去って、高林・河島・私の3人だけで歌っていると、暫くして70歳代半ばと思われる男女のカラオケ客が現れた。 ビールを勧めると男性は下戸だが、女性は相当いける口であった。

女性は、河島氏 の話術に乗せられ、ほろ酔い気味となり、河島氏に寄りかかるようにして 上機嫌になってきた。 流石は、老人の扱いに手馴れた 現 老人会副会長の河島氏である。

女性は、自分では全く歌おうともせずに 「3人の歌が艶かしい」 等と盛んに褒めそやす。 最後には、高林氏と私のデュエットで “森の石松の歌” が聞きたいなどとリクエストされてしまった。

 女性を乗せたつもりの我々だったが、結局 我々3人が女性に乗せられてしまったようだ。



翌日のレンタカーの中で、高林氏曰く

  「  “気ままな旅” では、毎回 ”さざえ婆あ” だの ”爪切り婆あ” だのと、 ”・・・婆あ”が登場してきたが、今回はやはり “カラオケ婆あ” だなあ 」



第2日 晴れ 善光寺 : 蕎麦と鮎料理でくつろぐ

 ホテルでの朝食後、栃木で料理屋を営む土田氏の 「味噌蔵が観たい」 との要望に応えて、信州味噌の蔵元 石井味噌を観にいった。

 料理に使う味噌に興味があるらしく、土田氏は案内人の説明を聞きながら、盛んに鋭い質問をする。

 説明を聞いた後、400年の歴史がある信州唯一の純天然醸造味噌を、味噌汁で味わった。


 昼過ぎ、今日 合流する予定の柏崎さんを迎えに長野駅へ。

 その後、善光寺近くで河島氏が旧知という展望レストラン 懐石 萬佳亭で昼食をとる。

 紅葉し始めた善光寺平が一望できるレストランで、ビールを飲みながら蕎麦と鮎料理で2時間程ゆったりとくつろぐことが出来た。 運転手の高林氏は、今流行のアルコール0%ビールで一人我慢した。


 遅い昼食の後、歩いて善光寺の拝観に向う。

 線香の煙を浴びてから、本堂へ入る。

 通称” 撫で仏”と呼ばれ、病人が患部に触ると病気が治ると伝えられる “びんずる尊者” の周りには、人だかりがしていた。


         
               (善光寺のびんずる尊者)


 近くに居た年配のおじさんに 「前立腺肥大は、何処を触れば良いのですか」 と試しに聞いてみる。 真面目な顔で 「この辺じゃないの」 とそれらしい所を触ってくれた。  思わず笑う 。


 善光寺を拝観した後、途中 池田万寿夫記念館に立ち寄り、2日目の宿へ。

戸倉温泉(リバーサイド上田館)に宿泊した。

 一風呂浴びた後、柏崎氏も加わり、現役当時の知人達の近況などを話題に、ビールとワインで ほろ酔い機嫌となり、今日も賑やかなで楽しい夕食となった。



第3日 快晴 真田宝物館と松代象山地下壕 : 長野市松代地域を探訪する

 ホテルでの朝食後、土田氏が帰ると言い出した。 “経営する介護施設でトラブルが発生した” のだと云う。

 流石、多角経営者は忙しい。 料理屋、介護施設の他に、コンパニオン派遣会社や呉服店等も経営しているらしい。 (3年前までは、電機S社の社員でもあった)

 土田氏を近くの戸倉駅まで送った。



 最初に、日本酒の醸造元 酒井銘醸の酒蔵を見学して、きき酒を楽しむ。

 400年続く代々の酒蔵の主人は、粋人らしく 酒蔵コレクションの他に 竹久夢二資料館、アートグラス工房、陶芸工房なども併設していた。


 次に、真田宝物館、真田邸と松代の文武学校を見学した。

真田家宝物の特徴は、鎧兜を始め、代々の藩主の持ち物が当時の状態で保存展示されていることである。

 特に、武田信玄・豊臣秀吉・徳川家康が真田家に送った直筆の手紙が保存されているのは驚きであった。


         
                 (真田宝物館)


真田宝物館併設の食事処で蕎麦の昼食。


次に、真田宝物館の近くにある太平洋戦争の遺跡・松代象山地下壕を見学に行った。

松代象山地下壕は、第2次世界大戦末期に、終戦までの9ヶ月をかけて掘られた地下壕であり、本土決戦に備えて大本営・政府各省を松代に移す予定のものであった。

 全長10kmの地下壕は、平成元年より 500mの区間が整備され、投光器も設置されて一般の見学が出来るようになった。

 当日は、旅行客や中学生の団体が見学に来ており、市の説明員が解説していた。

       
                 (松代象山地下壕)


松代象山地下壕を見学後、途中 日本浮世絵博物館に立ち寄り、一路 松本駅へ向う。


松本駅でレンタカーを返却した後、来年の “気ままな旅” を約束して分かれた。

  (H21101921



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